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2006年11月19日

「日の丸・君が代」の強制と「未履修」問題の矛盾

あんころチームのいしだです。
日曜なので、国会前での行動は一旦おやすみです。沖縄知事選が気になるところですが、ちょっと落ち着いて、この間、話題になっている「未履修問題」について調べたことと雑感を少し書いてみます。(間違いがあったら、ご指摘をお願いします。)
要するに、政府や文部科学省は、自分が押しつけているルールも最高裁の判決までも完全に無視して、教育行政を行っているということです。

政府・文部科学省は、「必修科目の未履修」をわかっていながら、見逃していたことが明らかになっていますよね。
この問題は、受験優先の体制の中で、生徒が必要な知識を勉強できていないことが第一の問題ですが、それだけでは割り切れない重大な問題を含んでいます。

結論から言えば、政府・文部科学省は自分が決めたルールや、最高裁の判決すら完全に無視して、違法な教育行政を行ってきた結果のひとつの現れがこの「未履修問題」です。そのことについて、少し書いてみます。

●「日の丸・君が代」「愛国心」の強制と「未履修」問題の関係
 「愛国心通知票」というのをご存じでしょうか。
 今、全国の小学校の社会科の評価項目に「国や日本を愛する心情」が盛り込まれるようになってきています。勉強の出来不出来ならともかく、「心情」までABCで評価されるようになっているのです。これは、文部科学省が定めた「学習指導要領」に『国の歴史や文化を愛し日本人としての自覚を持つ』という文章が入ったことがきっかけになっています。

 「学習指導要領」というのは、あまり聞き慣れない言葉ですが、要するに、文部科学省が定めた教育内容のことです。たとえば、「ゆとり教育」の導入・廃止というのは、その方向で「学習指導要領」を改訂することを言います。
 文部科学省は、自分たちが「学習指導要領」を決めて、教育内容を決めていいんだと主張しています。だから、授業内容に「愛国心」を入れるのも、政府の自由だ、ということになります。ただ、今のところ、それを裏付ける法律はありません。そのために、教育基本法を改悪して、その根拠を入れようとしています。

 ただ、文部科学省は今の教育基本法の下でも、「学習指導要領」に法的拘束力があって、教員はそれに従わなくてはいけないと言っています。その理由は、政府は「教育の機会均等と全国的な教育水準の確保」をしなければならないというものです。しかし、それは本当でしょうか。その根拠となっている1976年に最高裁で出された通称「旭川学テ判決」を見てみましょう。

 この判決は、教育と政府の関係について、以下のように述べています。わかりにくい文章ですが、一部引用します。
「もとより、政党政治の下で多数決原理によつてされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によつて左右されるものであるから、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によつて支配されるべきでない教育にそのような政治的影響が深く入り込む危険があることを考えるときは、教育内容に対する右のごとき国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請されるし、殊に個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤つた知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法二六条、一三条の規定上からも許されないと解することができる。」

「国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教師の創意工夫の尊重等教基法一〇条に関してさきに述べたところのほか、後述する教育に関する地方自治の原則をも考慮し、右教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なそれにとどめられるべきものと解しなければならない。」


この判決は、要するに「教育行政は教育の機会均等と全国的な教育水準の確保のためになら、その基準を示してもよいが、それを逸脱する教育への介入は憲法違反・教育基本法違反である。」ということです。

9月21日に、東京地裁で「日の丸・君が代」強制は、憲法違反・教育基本法違反という判決(難波判決)が出されましたが、この判決は、この最高裁の示した判断に忠実に従ったものでした。

ここで見えてくるのは「未履修」(つまり、「教育水準の確保」の役割)を見逃して、「日の丸・君が代」「愛国心」や、教育基本法の改悪にばかり力を傾けるのは、この判決を全く逆に実行するものだということです。今や、文部科学省のやっていることを正当化する根拠は全くないのです。


また、学テ判決の「政党政治の下で多数決原理によつてされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によつて左右されるものであるから、教育内容に対する右のごとき国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」という言葉は、16日の強行採決への痛烈な批判になっています。

政府・与党は、彼らの行いを正当化する根拠を全く失っています。東京大学基礎学力研究開発センターが行った全国の学校長へのアンケートでは、「Q政府の教育基本法改正案に賛成である」という項目に対して、回答数4567校中、そう思わない52.7%/全くそう思わない13.3%という結果も出ています。
政府・与党は、裁判所からも学校の校長からも教員からも支持されない政策を進めているということです。

逆に、教育基本法を守るわたしたちの運動は、教育基本法の精神を生かすことこそが、今の教育の問題を解決する道だということをどんどん明らかにしていっていると思います。
将来の展望は、わたしたちの側にこそあります。本当の日本の歴史は、それを支えてくれています。政府・与党の暴力にひるむことなく、進んでいきましょう。
posted by あんころ at 18:02 | Comment(2) | TrackBack(2) | あんころチームから
この記事へのコメント
事後法の禁止(遡及処罰の禁止)があります。
  あきらめないでください。
                   mjo
Posted by 城 道介 at 2006年11月19日 23:16
レクチャーありがとう!

 文科省が未履修を承知という点でいえば、この問題が取りざたされるずっと前、去年の終戦記念日のテレビ討論会での町村元文科大臣の発言に、強く疑問を感じたことがありました。
 歴史の勉強で、時代を追ってやっていくとどうしても現代史が中途半端だったり、時間切れになったりということが、少なからずあるという現場の話が出ていたと思います。
 町村氏は、「現代史をやると日教組の先生たちに、それぞれ主張があって、現場が混乱するから(うろ覚えでごめんなさい)」、暗にやらないのはしょうがないんだと、容認するような発言をしていたことです。
 町村氏は、去年の時点では、もう文科大臣ではなかったので、お役を下りると、こんな無責任なことをよくも平気で言うもんだと、あきれたのを覚えています。
 本音のところで、世間で騒がれなければ未履修なんて、何とも思っていないのが見え見えです。

 それにしても、北海道の北星女子中の生徒はすばらしい。こんな真っ当な子どもに対して、「どんな教育をしてるんだ」と圧力をかける匿名の大人の存在こそ、教基法改悪後の世界です。
 子どもや教師が脅され、萎縮させられる世界です。改悪されれば、こうした大人たちこそが喜ぶのでしょう。
 子どもたちの自由でのびやかな教育環境づくりのために、負けるわけにはいきません。

 沖縄の人たちは、自分たちの環境づくりに直接響く今回の知事選挙に対して、もっと足を運んでほしかったですね。

 糸数さんは公約に教基法改悪反対を掲げていただけに、本当に惜しまれます。

 健闘を讃えましょう。
 
Posted by くらら at 2006年11月20日 02:12
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